7.オーストラリアにおける障害者権利条約の実施と国内モニタリング
7-3 国内モニタリングの状況
(1)包括的な最初の報告の作成プロセス
オーストラリアは2010年に包括的な最初の報告を障害者権利委員会に提出したが、その作成過程では、連邦政府が州・地域政府、独立した仕組みであるオーストラリア人権委員会、市民社会と広範に協議を行い、それらの現状や意見を報告に反映する努力が行われた。これらの協議・調整は、法務省が主体となって実施した。
1) 州・地域政府との協議
連邦制をとるオーストラリアでは、条約の実施に関して、州・地域政府が政府活動の多くにおいて責任を有している。そのため、包括的な最初の報告の作成に当たっては、オーストラリア政府は州・地域政府と広範囲に協議を行った176。
2) 市民社会との協議
包括的な最初の報告の作成過程で、オーストラリア政府は、幾つかの鍵となる段階でNGOの見解を求めた177。まず、NGOに対して、報告に含めたいと考える自らの最初の見解(initial view)や、政府が報告すべき問題について、見解を提出するよう求めた178。更に、報告の草案をWord, PDF, HTMLの各フォーマットで法務省ウェブサイトにて公表し、NGOや国民に対してコメントを投稿するよう求めた。その際、すべての障害者団体(all disability peak bodies)や関心のあるNGOに対して公開協議(public consultation)の実施を通知した。その結果、提出された20以上の提案が受理され、それらに関する追加情報を加えて報告を更新した179。
3) オーストラリア人権委員会との協議
包括的な最初の報告では、その作成過程においてオーストラリア政府がオーストラリア人権委員会と協議を行ったことが報告されている180。ただし、その協議内容については言及がなく、どのような範囲・内容の協議が行われたのかは不明である。
図表7-4 包括的な最初の報告作成プロセスの概略と関係組織のかかわり(図表7-4のテキスト版)
(2)政府間評議会による障害者政策実施モニタリングの枠組み
オーストラリアの障害者政策の基本戦略である国家障害者戦略の実施状況のモニタリングでは、政府間評議会が重要な役割を担っている。国家障害者戦略に基づく各施策の進捗状況について、政府間評議会の内部に設置されたコミュニティ・障害サービス常任委員会が、2年ごとに進捗報告を作成し、政府間評議会に報告する181。最初の進捗報告は、2011年5月から検討が開始され、2013年1月15日に政府間評議会に提出された182。
図表7-5 国家障害者戦略の国内動向指標設定とモニタリングのプロセス(図表7-5のテキスト版)
2013年に提出された最初の進捗報告の内容は、以下で構成されている183。
- 国内動向指標(national trend indicator)のデータを用いた分析
- 報告(コミュニティ・障害サービス常任委員会からの報告、disability champion ministersによる特別報告、その他の関連する大臣からの報告)
- 国家的合意や協定、州・地域政府の障害者計画に関する情報、オーストラリア政府機関(Australian Government agencies)の政策やプログラムのレビュー184
- 障害者、家族や介護者、彼らの代表機関の見解のフィードバック185
ここで挙げられている国内動向指標は、国家障害者戦略の6つの成果領域それぞれについて設定され、2年ごとの報告では、これらの指標データを利用することとしている。これらの指標は、既存のデータを用いたもので、主にオーストラリア統計局が作成する統計データや社会調査データ、国との協定によって(民間から)集められるデータを用いる。国家障害者戦略に示された国内動向指標(指標案)を参考資料7-9に示す。
なお、国家障害者戦略に掲載した指標は指標案という位置付けで、これは確定したものではなく、実際のモニタリングに当たっては、関係するデータを収集・分析して、より包括的で適切な評価指標を設定することがあり得るとしている。また、指標案について、戦略開始の初年度(2010年)に障害者やその家族等の当事者、専門家等と協議し、より適切な指標への改善に取り組むことも示している186。
また、モニタリングに用いる各データは、それぞれ発表時期が異なるため、評価指標のとりまとめや報告は、必要な最新データの入手可能時期に左右されることになる。そのため、国家障害者戦略では「幾つかの指標は、2回目以降の報告期間で報告される。」としている187。
(3)政府間評議会のモニタリングプロセスへの各主体の関与
前述のとおり、オーストラリア政府の包括的な最初の報告の作成過程では、独立した仕組みや市民社会との間で広範な協議が行われた。同様に、2011年5月にスタートした国家障害者戦略の進捗報告作成においても、政府間評議会の開発担当者作業部会(the Development Officials Working Group)と様々な関係主体との協議が行われた。
まず、既存関係者のフォーラム(existing stakeholder forums)が障害者との協議の場として設置された。また、国家障害者戦略の実施に当たっての人権委員会の役割を議論する目的で、2011年5月に開発担当者作業部会の議長とオーストラリア人権委員会との間でミーティングがなされた。開発担当者作業部会はまた、国家障害者戦略の実施に当たっての政策の優先順位を議論するため、連邦政府、州、地域政府の障害者諮問団体の議長とのミーティングを年1回行っているが、最初の進捗報告作成について詳しく協議するため、2011年12月に追加ミーティングを開催した。
こうした協議を経て、2011年12月に進捗報告の公開草案が配布された。配布先は、オーストラリア人権委員会、国家障害者・介護者評議会、州・地域の障害者諮問団体、国家・州・地域の障害者・関係者団体のネットワーク等である。配布先の組織・団体は、公開草案に対するフィードバックと、国家障害者戦略を更に進めるに当たっての自らの役割に関する提案を求められた。その結果得られたフィードバックを反映して、最初の進捗報告がまとめられた。
2013年に提出された最初の進捗報告ではまた、今後の協議の望ましいあり方についても記載があり、同意のとれた、より構造的で透明な枠組みが求められる、としている188。具体的には、次のような提案がなされた189。
- ノーザンテリトリーを除いた各管轄(州)には、障害者政策担当大臣(the Disability Minister)によって任命された障害者政策諮問団体がある。それらの長が、障害者政策に関する当局と会合を持って国家障害者戦略に関するアドバイスを提供すること。
- 国家障害者・介護者評議会は、少なくとも年に3回は会合を開き、障害者改革大臣(the Minister for Disability Reform)や障害者・介護者に関する議会の事務局にアドバイスを提供すること。
- 国家障害者計画実施レファレンスグループ(National Disability Strategy Implementation Reference Group)の設置(2012年6月~)。このグループは、国家障害者・介護者評議会のメンバーと、障害者・介護者・家族の代表組織のメンバーからなり、両者は平等な立場である。代表組織のメンバーは国家障害者戦略の実施に関連する特定の問題について、構成員の見解を表明する。国家障害者・介護者評議会のメンバーは障害者・介護者の問題について専門的なアドバイスを提供する190。
- 開発担当者作業部会は、より幅広い取組を保証する。
- 障害者問題を管轄する諸大臣(Ministers with responsibility for disability issues)は、2年ごとの進捗報告と連動して、national forumを障害者や代表組織と開催する。
(4)障害者権利条約の国内モニタリングとの関係
オーストラリアが提出した、包括的な最初の報告では、国家障害者戦略と障害者権利条約との関係について、次のように述べている。
- 国家障害者戦略は、条約第33条2項で求められているように、条約の実施を促進し、保護し、監視するための枠組みを設立することで、オーストラリアが条約下で求められている義務を満たすことを助ける191。
- 国家障害者戦略は、障害者権利条約の土台となっている諸原則が、障害者、その家族や介護者に影響を与える諸政策やプログラムに組み込まれることを保証する192。
- 国家障害者戦略は条約の実施を促進し、保護し、監視するための枠組みを設立する193。
この記述からも明らかなように、国家障害者戦略における進捗モニタリングの枠組みは、障害者権利条約第33条2項の要請に応えるものとして構築されたものである。
一方、オーストラリア政府は、(第三者による)障害者権利条約の監視をオーストラリア人権委員会の担当であるとしており、障害者団体を監視の主体として認識していない194。この点について、市民社会からのパラレル・レポートでは、オーストラリア人権委員会の機能が連邦の法律や実務に制限されており、また障害者権利条約4条のすべての要素がオーストラリア人権委員会法に含まれているわけではないこと、また障害者権利条約の侵害を効果的に監視ための、財務・情報リソースの必要レベルを満たしていない点を憂慮している195。更に、(オーストラリア人権委員会に対する)適切な予算割当を行うと共に196、障害者権利条約の実施と監視を促進する目的で、オーストラリアの枠組みの一環として国家障害委員会(National Disability Commission)や国家障害調査機関(National Disability Research Institute)のようなものを設立することを提案している197。
前述のように、オーストラリア政府は市民社会をモニタリングプロセスに組み込む意欲を見せており、包括的な最初の報告の作成に関する協議や、パラレル・レポート作成への資金援助、国連委員会のセッションへ市民社会が出席するのを容易にするための資金援助198などを行っているが、公的な監視機関として認識していない点を市民社会側は憂慮している。したがって、パラレル・レポートでは、新たな立法等により、障害者権利条約に基づく監視機関として障害者団体を公的に認めることを提唱している199。
なお、2013年9月に採択された障害者権利委員会の最終見解では、オーストラリアの障害者権利条約の実施と監視が、参加型で応答性の良い構造になっていない点を憂慮し、障害者権利条約第33条の規定に十分に沿う形の監視システムを直ちに構築することを提言している200。
(5)パラレル・レポートの作成状況
オーストラリアでは、既に複数のパラレル・レポートが作成され、障害者権利委員会に提出されている。
1) 市民社会によるパラレル・レポート
市民社会では、前述のとおり、the CRPD Civil Society Report Project Groupというパラレル・レポート作成のための団体が組織され、障害者権利条約に反するようなオーストラリアの進捗に関する(on Australia's progress against the Convention)パラレル・レポートを作成した201。この取組に対し、オーストラリア政府は資金援助によりサポートを行った202。
パラレル・レポートは、「Disability Rights Now-Civil Society Report to the United Nations Committee on the Rights of Persons with Disabilities」のタイトルで、2012年8月に発表されている。パラレル・レポートの内容は、障害者と障害者団体との協議を通じてまとめられた203。各州・準州で開かれた協議には100人以上が参加し、ウェブサイト調査に参加した者もいる(193人)204。また、パラレル・レポートは80以上の団体から支持されている205。
2) オーストラリア人権委員会による独自報告
障害者権利委員会がオーストラリア人権委員会に対してオーストラリアの条約実施に関する情報を提供することを求めたため、オーストラリア人権委員会は独自に報告を作成して障害者権利委員会に提出した206。
これは、包括的な最初の報告を検討する前に優先して報告すべき事前質問事項が障害者権利委員会から展開され、その中で鍵となる問題に対する情報提供をするようオーストラリア人権委員会に求められたためである207。オーストラリア人権委員会は、障害者権利委員会第9会期に先立ち、「Information concerning Australia and the Convention on the Rights of Persons with Disabilities」を2013年3月に提出した。
この報告の中で、人権擁護(第4条)に対する法的枠組み(国内の人権協議、人権枠組み、人権行動計画、差別禁止法の整理、障害者戦略、障害者保険制度)、障害者に基づく差別(制度上における障害者に対する暴力、司法へのアクセス、非自発的・非治療的な断種、障害者の雇用)に関する情報を提供している。その後、事前質問事項について、2013年4月に開催された障害者権利委員会第9会期のクローズドセッションで話し合われている。
また、オーストラリア人権委員会は2013年9月に開催された障害者権利委員会第10会期に参加し208、報告を行った。
176 Initial reports, paragraph 5.(参考資料7-1)
177 Initial reports, paragraph 6.(参考資料7-1)
178 Initial reports, paragraph 6.(参考資料7-1)
179 Initial reports, paragraph 7.(参考資料7-1)
180 Initial reports, paragraph 8.(参考資料7-1)
181 Report to COAG 2012, p. 21.(参考資料7-8)
182 Initial reports, paragraph 212.(参考資料7-1)
183 Report to COAG 2012, p.22-23.(参考資料7-8)
184 国家障害者戦略実施のため、オーストラリア政府内に、inter-departmentalな委員会を設立した旨の記載がある。Report to COAG 2012, p.21.(参考資料7-8)
185 これは管轄する障害者審議会や国家障害者戦略の実施にかかわる団体からの報告や、本戦略がどのように状況を改善したかのケーススタディを想定している。Report to COAG 2012, p23.(参考資料7-8)
186 NDS 2010-2020, p.68(参考資料7-7)
187 NDS 2010-2020, p.68(参考資料7-7)
188 Report to COAG 2012, p.158.(参考資料7-8)
189 Report to COAG 2012, p.158.(参考資料7-8)
190 Report to COAG 2012, p.158.(参考資料7-8)また、以下のウェブサイトも参照: http://www.dss.gov.au/our-responsibilities/disability-and-carers/program-services/consultation-and-advocacy/national-disability-strategy-implementation-reference-group-ndsirg
191 Initial reports, paragraph 24.(参考資料7-1)
192 Initial reports, paragraph 26.(参考資料7-1)
193 Initial reports, paragraph 213.(参考資料7-1)
194 包括的な最初の報告でも、障害者団体や障害者は報告作成にあたってあくまで助言を求める対象である。この点を指摘するものとして、DisabCouncil’s Independent Review, p.36.
195 Civil Society Report, p.215 (or paragraph 600). また、DisabCouncil’s Independent Review, p.36では、障害者権利条約のもとで追加された権能を全うするためにAHRCに割り当てられる追加予算について言及がないことも指摘している。
196 DisabCouncil’s report, p.36
197 Civil Society Report, p.216.
198 CRPD/C/AUS/Q/1/Add.1, p.36. (参考資料7-3)
199 DisabCouncil’s report, p.36.
200 CRPD/C/AUS/CO/1, p.8.(参考資料7-4)
201 Civil Society Report参照。
202 Initial reports, paragraph 216.(参考資料7-1)
203 Civil Society Report p.II.(参考資料7-6)
204 Civil Society Report p.1.(参考資料7-6)
205 Civil Society Response to the List of Issues http://www.disabilityrightsnow.org.au/book/export/html/94
206 AHRC reportを参照。
207 AHRC report,p.3.(参考資料7-5)
208 以下のURLを参照。
http://www.ahrcblog.com/2013/09/04/graeme-innes-opening-statement-to-the-障害者権利条約-committee-sept-3-10th-session/
http://www.ahrcblog.com/2013/09/05/commissioner-innes-closing-statement-4th-september-2013-committee-on-the-rights-of-persons-with-disabilities-10th-session/