4.調査結果のまとめと考察

4-1 調査結果のまとめ

 本調査では、いずれも障害者への合理的配慮提供について、先駆的に障害者差別禁止法の中に定義づけた国であるアメリカとイギリスについて、合理的配慮に際してどのような合意形成プロセスでどのような調整が行われているのかを調査した 。その結果、アメリカとイギリスでは、根拠となる差別禁止法における合理的配慮の考え方やその調整の考え方、実際に提供されている合意形成プロセスやその実施体制に大きな違いがあることが分かった。本節では、本調査で把握した両国の合理的配慮の概念、合意形成プロセスと調整の在り方についてポイントをまとめる。

1)合理的配慮の概念

アメリカ

 公共サービス分野で求められる合理的配慮の概念については、アメリカADAでは関連する政策、取組、手続を合理的な範囲で変更する「合理的変更」を求めている。合理的変更は、障害者差別を防止するために政策・取組・手続を合理的な範囲で変更することとされ、雇用労働分野で求めている合理的配慮とは考え方がやや異なっている。ただし、公共サービス分野でも、ADAおよび関連文書では障害者の苦情に基づく対応について規定している。
2-2 1)、2)、3)参照

イギリス

 イギリス平等法では、公的機関やサービス提供者に対し、障害者一般の不利益やニーズを予測し、事前に必要な合理的措置をとる「予測型合理的調整」を求めている。ADAと異なり、平等法では専ら事前の取組を求めている点が大きな特徴である。このため、障害者一人ひとりの苦情や要求への対応については平等法には特に規定されていない。
3-2参照

2)合理的配慮提供に際して調整を担う主体

アメリカ

 ADAでは、職員50人以上の公共団体ではADAコーディネーターの設置が義務付けられ、ADAコーディネーターが合理的配慮提供に関する苦情処理や合意形成にも責任を負うこととなっている。
2-3 2)参照

イギリス

 平等法ではADAとは異なり、合理的配慮提供に関する苦情処理や合意形成にも責任を負う主体は定められていない。イギリスの公共団体の多くは自主的に平等・多様性コーディネーターや平等・多様性担当官などを置いているが、その業務目的は平等法のコンプライアンスを確保することであり、担当業務は予防的な取組が中心である。障害者からの苦情処理や合意形成は、平等・多様性コーディネーターではなく、各サービスの担当部署や苦情処理担当部署が対応する形が一般的となっている。
3-4 1)参照

3)合理的配慮提供に際しての合意形成プロセス

アメリカ

 司法省が、ADAに基づく苦情処理手続のモデルを提供している。各州や地方自治体はこのモデルを参考に苦情処理手続を定めている。手続の詳細は組織により若干異なるが、いずれもADAコーディネーターが対応の中心となる。各組織のプロセスで合意に至らない場合は、紛争解決の代替的手段として、司法省がADA調停プログラムを実施するなど、連邦機関による調整、救済が行われることがある。
2-4 1)参照

イギリス

 平等法や関連文書では、苦情処理手続のモデルなどは示していないため、各組織が独自に苦情処理手続を定めている。そのため、窓口やプロセスが組織によって異なり、それらがしばしば変更されることもある。このためイギリスでは各地でアドバイス・サービス組織が活動し、合理的配慮提供を求める障害者の行動を支援している。各組織のプロセスで適切な対応がなされない場合は、平等人権委員会が障害調停サービスを提供していたが、現在は廃止されており、訴訟による解決が想定されている。
3-5参照

4)調整に際してのガイドライン、基準など

アメリカ

 ADAの内容をより具体的に示す関連文書として、ツールキットや小規模団体向けガイドラインが提供されている。
 合理的変更の負担の合理性については、ツールキットでは「変更の提供が、根本的にそのプログラム、サービス、活動の性質を変えるであろう場合は、求められない。根本的な改変とは、もともとのプログラム、サービス、活動ともはや同じでない程度の変更のことである。」としている。また、小規模団体向けガイドラインでは「公共団体のすべての政策、取組、手続に適用される法的要求だが、施策、サービス、活動の根本的な見直しになるような変更や、他者の健康や安全に対する直接的な脅威になるような変更を行う必要はない」としている。ただし、個々のケースについての具体的な判断基準などは示されていない。
2-2 2)参照

イギリス

 平等法施行規則の中に合理的調整の実践指針が示されており、これを踏まえたより具体的な実践指針を地方政府協会などが作成している。ただし、これらはどのような取組を行うかの指針であり、個別のケースについての合理的配慮の判断基準を示すものではない。
 合理的調整の実施義務の範囲について、平等法施行規則では以下を挙げている。

  • サービス提供者はサービスや業務、職務の本質を根本的に変更し得るいかなるステップも要求されない。
  • 公的機能を実施する者は、その権限を超えるいかなるステップも要求されない。
    さらに、措置の合理性を検討する視点として、平等法施行規則では以下を挙げている。
  • 問題のサービスを障害者が利用するにあたって直面する重大な不利益を乗り越えるにあたって、効果のありそうな特定のステップを何かしら踏んでいるか
  • サービス提供者にとって実現可能なステップの範囲
  • 合理的配慮を提供するための金銭上ならびにその他のコスト
  • そのステップを実施する際に発生し得る混乱の範囲
  • サービス提供者の経済的、ならびにその他のリソースの規模
  • 配慮を提供するにあたって既に使用されたリソースの量
  • 経済的、またはその他の援助が得られるか否か

 ただし、平等法施行規則では個々のケースで義務の範囲を判断するための具体的な判断基準などは示されていない。
3-6参考資料3-1参照

5)合理的配慮に関する情報収集、蓄積、フィードバックなど

アメリカ

 ADAツールキットでは、各公共団体は苦情処理について関連文書を保管するよう奨めており、各団体で苦情処理の実績データが蓄積される仕組みができている。蓄積したデータを整理し、実績レポートを公表している公共団体もある。
2-4 1)、2)参照

イギリス

 平等法やその施行規則では、苦情処理に関する情報の保管・蓄積・活用について特に定めていないため、情報の管理や共有の在り方は組織によってまちまちである。

4-2 我が国での実践への示唆

 平成28年4月に施行される障害者差別解消法では、国と地方公共団体の機関が、地域における障害者差別などに関する相談などについて情報を共有し、障害者差別を解消するための取組を効果的かつ円滑に行うネットワークとして「障害者差別解消支援地域協議会(以下、「地域協議会」と記述する。)」を組織できるとしている。地域協議会は必置の機関ではないが、地域における障害者差別などに関する重要な情報交換や協議の場となることが期待されている。特に、地域において障害者の相談に対応する権限を有する機関がすぐに分からない場合や、1つの機関だけで対応できない相談への対応において、地域協議会における情報共有や議論により、障害者差別を解消するための取組が円滑に行われることが期待されている。
 障害者への合理的配慮提供についても、関係者の協議により迅速な合意形成や対応につなげることが地域協議会の役割として期待される。また、それらの情報を関係者間で適切に共有し、今後発生する問題への対応を改善していくことも期待されている。

 このように重要な役割を期待されている地域協議会だが、特に、合理的配慮提供に際しての合意形成や調整で地域協議会が効果的にその役割を果たすためには、合理的配慮についての知識や情報の共有、担当者の専門性の向上、そして合理的配慮提供を進める際に参考となるモデル、実績情報などの提示、横展開などを進めることが望まれる。
今回調査したアメリカ、イギリスでの取組を踏まえると、地域協議会の整備やその活動を支援する具体的な取組としては、以下のものが有効と考えられる。

1)地域協議会の活動に関する各種モデルの提示

 アメリカでは、ADAで定めたことがらを小規模な地方公共団体などでも実践できるよう、司法省が様々な実践モデルを提供している。また、イギリスでは平等法が十分に明確に示していないことがらへの地方政府の対応などを支援するために、標準的な取組のフレームワークモデルを整備する動きがある。これらを参考としたモデルなどを各地方公共団体に提示し、各地域での地域協議会の機能整備の参考とすることが考えられる。例えば、次のようなモデルを示すことにより、地域協議会の機能整備を促す効果が期待できる。

地域協議会が関わる合意形成・調整プロセスモデル

 アメリカでは、ADAの規定を踏まえて司法省が各組織が整備すべき苦情処理手続のモデルを作成し提供している。このモデルは法的な強制力を持つものではないが、多くの公共団体が整備した苦情処理手続のひな型になったと考えられる。地域協議会が関わる相談や苦情への対応は、必ずしも1つの標準的な処理手順に集約できるものではないと考えられるが、代表的な想定ケースについての手続モデルを作成し提供すれば、地域協議会における具体的な活動の重要な指針になると考えられる。

合理的配慮提供に関する記録・報告モデル

 障害者差別の解消に向けて、相談・苦情申立てやその対応内容、提供された合理的配慮について把握し分析を行うことが重要である。そのためには、相談・苦情への対応の記録を蓄積する必要があり、前述のアメリカ司法省の苦情処理手続モデルでは、苦情申立てに関する文書などの保管についても指針を示している。このような取組を参考に、地域協議会が関わった相談・苦情申立てやそれらへの地域協議会の対応、提供された合理的配慮の内容などをどのように記録し保管するかのモデルを示し、各地域協議会での情報の蓄積につなげることが考えられる。また、それらの記録の定期的な報告について指針を示し、都道府県、全国レベルでの状況の把握や適切な改善プロセスにつなげることが考えられる。

2)地域協議会スタッフのサポート機能の整備

 アメリカでは、各組織のADAコーディネーターのスキルアップや情報提供によりその活動をサポートする様々な取組がなされている。地域協議会の事務局構成や、専門の相談員を配置するかなどは、各地方公共団体の判断によるとされているが、いずれにせよ専門性を持つ事務局スタッフの配置が望ましいと考えられる。地域協議会の事務局スタッフに対する研修機能、情報提供機能、あるいは事務局スタッフからの質問・相談窓口などを用意し、事務局スタッフのスキルアップと活動支援を継続的に提供することが重要になると考えられる。これらの支援機能は、必要に応じ、障害者団体や障害者支援を行う団体とも連携して整備することも有効と考えられる。

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